アジア経営学会

第2回(2018年度)学会賞受賞著作

■受賞者

林倬史(国士舘大学、立教大学名誉教授)

■受賞論文

『新興国市場の特質と新たなBOP戦略:開発経営学を目指して』2016年(文眞堂)

■受賞者のコメント

学会賞授賞式2018林先生 学会賞奨励賞表彰式2018

この度は、学会賞を受賞する機会を与えて頂き光栄に存じます。最近、特にここ10年ほど、他の学会の大会には参加したり、参加しなかったりの状況となっておりますが、このアジア経営学会にだけは、第1回の1994年大会以降、1998年の米国コロラド大での滞在時期を除きまして、大会には毎年参加して参りました。従いまして学会賞をこのアジア経営学会から頂けたことに学会の先生方に深く感謝致しております。

アジアには新興国の台頭と同時に、貧困と富の格差の拡大に起因する問題も一向に解決されていない諸国も多いままとなっています。本書では、そうしたアジア諸国の中でも深刻な貧困問題を抱えるフィリピンに焦点を絞って、その現状の解明と解決策を「経営学」の視点から模索したものです。最初に同国を訪問したのが1974年からすでに今年で44年経ちます。確かに日系企業の事務所があるマニラ等の大都市では、近代的なショッピングモールが出現し、多くの人々で賑わっていますが、他方では多くの人が不安定就業層として最低賃金で働いいます。とりわけ、地方ではいわゆるインフォーマルセクターにおいて家族での自営業による低所得のもとでその日暮らし的生活を余儀なくされている状況が続いています。

こうしたインフォーマルセクターに暮らす人たちのサステイナブルな経済的自立化を可能とする就労基盤をどのように構築すべきか、換言すれば、「開発経済学」を基盤とした「開発経営学」をどのように提起すべきかというのが、本書の意図となっております。

その際、もっとも参考になった事例が、本書の最終章で述べているバングラデシュにおけるユーグレナ社とグラミン銀行との対等合弁によるグラミン・ユーグレナ社による貧困農民層の経済的自立化戦略でした。そこではローカルバリューチェーンと国際的なバリューチェーンとが組み込まれたハイブリッド型のバリューチェーン構築戦略が展開されておりました。今後の開発経営学の新たな理論的提起も、こうしたローカルバリューチェーンに留意した「開発経営戦略」が重要なキーワードになってくるように思っております。

今回の受賞を契機に、発展途上国・新興国の貧困削減に貢献する「開発経営学」の理論的発展に微力ながら努力してまいる所存ですますので、会員の方々の変わらぬご指導とご鞭撻を賜りますよう宜しくお願い申し上げます。

2018年9月17日
林 倬史(国士舘大学客員教授、立教大学名誉教授)

■審査委員会からの講評

本書には、まず第1に、新興国のBOP層(最貧困層)の貧困撲滅が現代世界の最大の社会的解決課題の1つとなるとの認識が存在し、この課題解決のための「開発経営学」が提唱されている。本書が提起する「開発経営学」は、この分野のこれまでの研究と実践の蓄積である開発経済学、経営戦略論はじめ、その他のアプローチの有効性と限界を明らかにしつつその限界を超えるものとして試論的に提起されている。この意味で本書は、極めて独創性の高い研究成果と評価できる。

第2に、本書はフィリピンを対象として、新興国市場の特質を多国籍企業と現地NGOの両方のBOP戦略から論じている。特に両者の関係をハイブリッド・バリューチェーンの視点から分析しており、これらがソーシャル・ビジネスの発展に寄与した点が明らかにされている。新興国市場に関するさまざまな資料の分析、さらに現地での詳細な実態調査によって新たなBOP戦略に関する分析枠組みとその結果が導き出されたことは、学問上の発展に大きく寄与したと認められる。

第3に、本書ではフィリピンの分厚いBOP層の生活を支える要因として海外からの送金を挙げている。BOP層の経済的自立のための戦略としてサリサリストアとCARDの事例を分析され、自己雇用を単位とした「地産地消型のビジネス生態系」を基盤としたローカル・バリューチェーンの構築、さらに多国籍企業のグローバル・バリューチェーンとの連結を展望し、そこに現地NGOがキー・ストーンとしての役割を果たすとしている。こうして多国籍企業によるBOP戦略の限界を乗り越える代替策としてのBOP戦略が提示され、最終的に途上国の貧困解消に関わる「開発経営学」の必要性が打ち出されている。

このように、本書の壮大で独創的な構想がフィリピンにおける事例分析に裏打ちされており、強い説得力を持つ研究となっている。本審査委員会としては、本書が持つ独創性、学問上の発展への寄与、アジアの経営学研究への貢献などを高く評価するところであり、アジア経営学会初の学会賞受賞に相応しい著作であると審査員が全員一致して評価した。

2018年9月15日
委員長:柳町 功(慶應義塾大学)
副委員長:夏目啓二(愛知東邦大学)